新一万円の人!渋沢栄一ってどんな人?功績・人物像を簡単に解説!現代にも通じる名言や教えをまとめてみた

2024年(令和6年)、一万円札、五千円札、千円札の『顔』が変わります。それぞれ、一万円は渋沢 栄一、五千円は津田 梅子、千円は北里 柴三郎という人物です。

渋沢栄一は実業家として、津田梅子は教育者として、北里柴三郎は細菌学者として名を残した偉人です。

今回は、2021年の大河ドラマにもなった新一万円の人、渋沢 栄一について、どんな人なのか、何をした人なのかわかりやすくまとめていきます。

この記事を読めば、渋沢 栄一について詳しく知ることができるだけでなく、自分の生き方や考え方にもまねしたくなる名言や教えがわかります!

渋沢 栄一 

幼少期

渋沢 栄一は1840年(天保11年)2月13日、今の埼玉県深谷市に生まれました。生家は、農業をはじめ養蚕や、藍の葉を仕入れて、染料のもとになる藍玉を製造・販売するなど、手広く商売をしている大きな家でした。

父の渋沢 市郎右衛門(しぶさわ いちろうえもん)は、商売人であると同時になかなかの教養人でもあったようで、栄一に読書や学問を積極的に学ばせていました。たくさんの本を読み、勉強していく中で『何が天下にとって必要か・良いことなのか』という気持ちが少しずつ芽生えていったそうです。まさに、幼少期からの読書や学ぶ姿勢が、日本の発展のためになったわけですね。

栄一は13人兄妹でしたが、10人はみな幼い時に死んでしまいました。残る兄弟は姉と栄一と妹。男の子は栄一だけだったこともあり、後継ぎとしても大事に育てられました。

青年期

しかし、結果として栄一は家業を継がずに上洛し(京都へ行くこと)、尊王攘夷(天皇を敬って、異国を取り除く思想)に傾倒して、幕府に目をつけられたりしました。

その後、一橋 慶喜(のちの徳川 慶喜)の家臣となりました。一時は攘夷思想が過激で幕府に逮捕される寸前だった栄一が、いわば反対側にいる幕府の側に仕えることになったわけです。

慶喜に仕えながら、栄一は外国に派遣されて銀行や株式の仕組みを学び、日本とは全く違う近代の経済の在り方に触れました。

官尊民卑の考えを払拭せよ!

一橋家の家臣として、フランスに同行していた栄一はフランス社会に浸透していたある風潮に衝撃を覚えました。それは、軍人や商人など身分関係なく、平等にコミュニケーションが成立していたことです。というのも当時の日本は、『官尊民卑』の思想が染みついていました。官尊民卑とは、武士のほうが位が上で商人は同じ位置に立てない、そんな考え方です。

まずは、民間の力を強くしなければ、文明も発展しないし、社会も変わらない…。そんな思いで日本へ帰国。

帰国後は、フランスで学んだ、日本とは全く違うお金の使い方、集め方を実践すべく奔走します。この考え方を『合本主義』といいます。

合本主義

例えば誰かが何かの商売をしようとしたときに、自分の手元に商売のためのお金がなくても、お金を出資してくれる株主からお金を集めることで、商売が始められる。そして、その商売で儲けが出たら、そのお金を株主たちに利子をつけて分配する。そうやって、民間にどんどん新しい事業、商売を浸透させて社会を作っていこうという考えです。

世の中は、「官」がえらくて「民」が低い身分ということでもありません。かといって、その逆でもありません。

折しも、栄一が帰国したころ、大政奉還によって、徳川幕府が終わり、明治新政府が誕生していました。これからは、官も民も対等にお金を合わせて、世の中をもっとよくしよう栄一は志したのです。

大蔵省へ

帰国後は、仕えていた慶喜が静岡にいたこともあって静岡藩で財政を立て直すべく合本主義のもと、「商法会所」という組織を立ち上げて、貸し付けや卸を行って事業を展開していました。

そんな中で、明治新政府から栄一は大蔵省へ入るようにと、命を受けます。大蔵省での栄一の仕事は簡単に言うと、日本全国の財政、税制制度の改革です。新政府となって、廃藩置県の制度が出来たり、税金も年貢ではなくてお金で一律に収めるようになったりと、時代とともにたくさんのそれまでの制度や法律も変わっていきました。

栄一は、バタバタとした時代の中でそれまでの手腕を振るって働きました。しかし、栄一はどんどん仕事は忙しくなるものの、まだまだ「官尊民卑」の精神が根強く残っているとも感じていました。やはり官僚のままでは、世の中はよくならない、自分が民間の中で事業をやっていこう。その思いから、ついに安泰の大蔵省をやめてしまいます。

栄一34歳の時です。

『日本の資本主義の父』誕生

「官尊民卑」なんてくそくらえだ!民間の力を強くして、強い商人たちを育てる!

ここから、500余りの会社や事業を立ち上げる、『日本の資本主義の父』と言われる活躍が始まります。

日本初の銀行である第一国立銀行を設立したほか、栄一はたくさんの『日本初』の民間事業の設立に携わってきました。日本初の鉄道会社である日本鉄道、日本初の高級ホテルである帝国ホテルなど。ちなみに第一国立銀行は、時代を経て現代のみずほ銀行として存在しています。

『論語と算盤』にみる渋沢栄一の生き方の教え

『論語と算盤』は渋沢栄一の最も有名な本です。といっても、論語と算盤は渋沢栄一自身が書いたのではなく、栄一が行った講演をまとめた講演録です。

1916年、大正デモクラシーの時代に出版されたこの本は、今から100年以上も前に出された本ですが、いまなお多くの経営者やビジネスパーソン、アスリートなど多くの人たちのバイブル的存在になっています。

今の時代に生きる私たちにとっても、生きるために必要な考え方や人としての道徳などがぎっしり詰まっています。

そこで、ここからは論語と算盤から学べる、渋沢栄一の教えを紹介していきます。

「かの力」よりも「との力」

これだけ見ると、???ですね。

どういうことかというと、論語と算盤はその名の通り、『論語』と『算盤』という、相反することを一緒にして考えるべし、という意味が込められています。

論語とは、中国の思想家である孔子の教えが、弟子との会話調で書かれてある書物です。

・吾、十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに従えども矩を踰えず(のりをこえず)。

・故きを温ねて新しきを知る

・過ぎたるは猶及ばざるが如し

『33歳の決断で有名企業500社を育てた渋沢栄一の折れない心をつくる33の教え』 渋澤 健 著 P6

知っている言葉がたくさんあります。

一方、算盤とは、商売のことを指しています。商売で儲けようとしたときに、なんとなく商売繁盛、利益のためには多少のずるがしこさや道徳に反しても仕方ない、と考えてしまいがちですが、栄一は、利益を作りたかったら、正しいやり方、正しい考え方でなければいけない、と説いたのです。

だから、論語「と」算盤です。論語「か」算盤ではありません。

「かの力」は白か黒か、右か左か、0か100か、ORということです。かの力は決断し、物事を進めるために必須となる考え方です。ビジネスにおいても日常生活においても、選択の連続の中で、優柔不断で決められずにいると、いつまでも物事は変わらないし前進しませんよね。

それに対して「との力」は、ANDです。一見すると反対だったり、矛盾しているものを一緒にしたときに、化学反応が起こって新しい道が開ける、違った発見につながる考え方です。

かの力だけだと、どちらか一方なので新しいものを生み出すことはありません。でもとの力で考えると、無から新しい有を生み出すことができるのです。

私たちの日々の生活の中でも、正解を求め、優越を決め、「こうあるべき」という白黒つける考え方はあると思います。ただ、それだけでなく自分のたくさんの可能性をいろいろと信じて、一緒に受け入れてみましょう。ORではなくAND。「との力」は、見えない未来を創り上げていく、イマジネーションの力です。

こうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである

今、あなたは自分がやりたいことができていますか。好きなことを仕事にできていますか。興味があることに没頭出来ていますか。夢がありますか。

「自分のやりたいことってなんだろう…」と、日々のつらい現実を生きていると、自分の夢ややりたいことさえ忘れてしまっているかもしれません。

でも栄一は

自分からこうしたい、ああしたいと奮励さえすれば、大概はその意のごとくになるものである。しかるに多くの人は自ら幸福なる運命を招こうとはせず、かえって手前の方からほとんど故意にねじけた人となって逆境を招くようなことをしてしまう。

『33歳の決断で有名企業500社を育てた渋沢栄一の折れない心をつくる33の教え』 渋澤健 著 p67

と言っています。つまりどういうことか?

今は見えなくても、未来を信じて自分が何をしたいのか、「やりたい」ベクトルを常に自分の中に立てておくことによって、「ただ単にできる」や「しなければならない」や「仕方なく嫌でもやっている」ことではなくて、今は出来ないかもしれないけど自分のやりたいことに巡り会える、と言っているのです。でも、多くの人は「どうせダメだから」「どうせ自分なんて」「どうせ何も変わらない」「自分にはできない」と、すねた考えを持ってしまいがち。そうすると、幸福からはどんどん遠ざかるばかりか、心は不安で満たされてしまうのだとも言っています。

不安をはねのけるには、まず自分の中にある「やりたいこと・してみたいこと」を考えてみましょう。年齢とか、環境とか、できない言い訳やあきらめる理由を探すのは簡単かもしれません。

でも。いつからだって遅すぎることはありません!目標を立てて、自分の信じる道を進んでいきましょう。

『論語と算盤』は人生の羅針盤になる!

いかがでしたか?論語と算盤の中で言っている渋沢栄一の言葉や考え方は、とても100年以上前とは思えないくらい、現代を生きる私たちにも響きますよね。

論語と算盤は、現代語訳されて読みやすくなっているので、是非一読してみてはいかがでしょうか。とはいえ、やはり少し難しいのです (笑) さらにわかりやすく、小学生向けに書かれたものもあるので、まずは子供向けのものから、読んでいってもいいと思います。子どもと一緒に読んだら、子どもも学べるし、親子の会話のきっかけにもなりますし、いいことたくさんです。ぜひ、論語と算盤を自分の中に落とし込んで、人生の羅針盤にしてください。